冬のオフシーズンを乗り切る数字
2026/11/07
「冬になると、お客さんが本当に来ない。毎年のことだけど、通帳を見るのがこわい」
小さな飲食店のオーナーから、この時期によく聞く言葉です。
商工会で経営指導員をしていたころ、冬の売上の落ち込みに悩むオーナーから相談を受けることがありました。松江の飲食店では、1月と2月に売上が落ち込みます。とくに困るのが雪です。雪が降ると予約のキャンセルが相次ぎ、その日のために用意した仕入れが無駄になってしまいます。相談に来られたオーナーは、「またこの時期が来たか」という暗い顔をしていました。そんなとき、私が一緒に見たのは売上ではなく、「利益がどれだけ残っているか」と「現金がどれだけ残っているか」の2つです。売上が落ちること自体は、毎年のことです。大事なのは、そのあいだにお金が足りなくなるかどうかです。
この記事で分かること
- 松江の観光客が、月ごとにどれくらい増えたり減ったりしているか(島根県の調査から)
- 冬の売上が「赤字になるかどうか」を、1日の客数で判断する計算のしかた
- 冬に入る前に、明日からできる準備のチェックリスト
松江の観光客は、2月に夏の約3割まで減る
島根県が毎年まとめている「島根県観光動態調査」の令和6年(2024年)の結果を見ると、松江市の月ごとの観光入込客延べ数は、次のようになっています。
| 月 | 松江市の観光入込客延べ数(人地点) | 8月を100としたとき |
|---|---|---|
| 8月(いちばん多い月) | 1,362,581 | 100 |
| 1月 | 965,342 | 70.8 |
| 11月 | 887,436 | 65.1 |
| 12月 | 479,713 | 35.2 |
| 6月 | 481,102 | 35.3 |
| 2月(いちばん少ない月) | 409,037 | 30.0 |
いちばん多い8月と、いちばん少ない2月をくらべると、2月は8月の約3割です。島根県全体でも2月がいちばん少なく、8月の約43%でした。松江市のほうが、夏と冬の差が大きいことが分かります。
ここで注意したいのは、この数字の単位が「人地点」だという点です。1人の観光客が3か所の観光地をまわると「3人地点」と数えます。ですから「お店に来るお客様の数」そのものではありません。それでも、「観光客の流れが、季節でどれくらい変わるか」の目安としては十分に役に立ちます。
また、12月と2月は少ない一方で、1月は8月の約7割と、意外に多い月です。ただ、私がこれまで見てきた松江の飲食店では、1月・2月に売上が落ち込むという話をよく聞きました。観光地の数字と、街なかの飲食店の実感は、いつも同じとは限りません。「冬はずっと暇」とひとくくりにせず、自分のお店では何月がいちばん落ち込むのかを、月ごとに確かめることが大切です。
観光客が減る月と、地元のお客様が動く月は、同じではない
観光客の数が少ない12月は、地元では忘年会の季節です。観光客向けのお店と、地元の会社員や家族が中心のお店とでは、冬の苦しさがまったくちがいます。
山陰は車で移動する人が多い地域なので、雪の日や冷え込みの強い夜は、外食そのものを控える人が増えるという傾向が考えられます。また、観光客が少ない時期は、ふだん観光客で混む店を避けていた地元の方に、来てもらいやすくなる時期とも考えられます。
私が見てきた範囲では、冬の落ち込み方は、お客様の層によって理由がちがいました。観光客の多いお店では、雪が降ると旅行そのものがキャンセルになり、お店の予約もなくなってしまいます。一方、地元のお客様が中心のお店は、お客様の移動が基本的に車です。雪が降ると出かけること自体を控える方が増え、やはり客足が落ちます。店主さんたちは、いつも「やっぱ冬はダメだなー」と言っていました。ただ、落ち込む理由がちがえば、打てる手もちがいます。観光客が中心のお店なら、地元のお客様をどう増やすか。地元のお客様が中心のお店なら、雪の日の仕入れをどう減らすか、雪の日でも来ていただける工夫はないか。まずは、自分のお店がどちらに近いかを知ることから始まります。
まずは自分のお店の「お客様の何割が観光客で、何割が地元の方か」を、ざっくりでよいので考えてみてください。レジの記録がなくても、「平日の夜はほとんど常連さん」「土日の昼は観光客が多い」といった感覚で十分です。
「1日何人来れば赤字にならないか」を計算する
冬の対策を考える前に、いちばん大事な数字を1つ出しておきます。「1日に何人のお客様が来れば、赤字にならないか」です。
ここでは、次のような架空のお店を例にします。
【例】松江市の小さな居酒屋(架空のお店です)
- 席数20、客単価3,500円
- 毎月決まってかかるお金(家賃・正社員の人件費・光熱費・リース代など):70万円
- 原価率(食材や飲み物の仕入れの割合):35%
- 営業日:月24日
売上から仕入れを引いた残り(売上の65%)で、毎月の70万円をまかなえれば赤字になりません。計算は次のとおりです。
- 赤字にならない売上:70万円 ÷ 0.65 = 約107万7,000円
- 赤字にならない客数(月):107万7,000円 ÷ 3,500円 = 約308人
- 赤字にならない客数(1日):308人 ÷ 24日 = 約12.8人
つまり、このお店は「1日13人」が分かれ目です。この分かれ目の売上(例では約107万7,000円)を「損益分岐点」といいます。夏に1日22人来ていても、冬に1日11人まで減れば赤字になります。
| 夏(例:1日22人・25日営業) | 冬(例:1日11人・24日営業) | |
|---|---|---|
| 売上 | 192万5,000円 | 92万4,000円 |
| 仕入れを引いた残り(65%) | 125万1,250円 | 60万600円 |
| 毎月かかるお金 | 70万円 | 70万円 |
| 利益 | 約55万1,000円の黒字 | 約9万9,000円の赤字 |
このお店の場合、冬の1か月で約10万円の赤字です。同じような月が2か月続くと、約20万円が手元から出ていきます。この「冬に出ていくお金」を、夏の利益の中から先に取り分けておけるかどうかが、冬を乗り切る分かれ道になります。
赤字の10万円を、どう埋めるか(計算の例)
先ほどの例のお店で、いくつかの手を組み合わせたときの数字を計算しました(どれも架空の前提です)。
| 打つ手 | 冬1か月の売上 | 利益 |
|---|---|---|
| 何もしない(1日11人・3,500円) | 92万4,000円 | 約9万9,000円の赤字 |
| ① 客単価を300円上げる(3,800円) | 100万3,200円 | 約4万8,000円の赤字 |
| ② 地元の小さな宴会を月2件(10人×4,000円) | 100万4,000円 | 約4万7,000円の赤字 |
| ①と②を両方 | 108万3,200円 | 約4,000円の黒字 |
| 1日の客数が2人増える(13人・3,500円) | 109万2,000円 | 約1万円の黒字 |
ここから分かるのは、「1つの大きな手」より「小さな手の組み合わせ」で赤字を埋めるほうが、現実的だということです。
客単価300円は、たとえば冬だけの温かい一品や、地元のお酒の飲みくらべをすすめることで、無理なく近づける可能性があります。ただし、量を減らしたり、質を落としたりして利益を出すのは、お客様の信頼を失うのでおすすめしません。値段を上げるなら、内容もそれに見合うものにすることが前提です。
冬の落ち込みをやわらげていたお店では、冬ならではの工夫をしていました。山陰は蟹が有名なので、コースに蟹をつけて客単価を上げていたお店があります。雪の日には、一品追加のサービスを行っていたお店もありました。また、女子会プランのように、大きな宴会でなくても、小さな集まりをたくさん取ることで売上を積み上げていたお店もあります。そうしたお店のオーナーは、「暇よりぜんぜんいい。暇はモチベーションが下がる」と話していました。冬に売上を積み上げることは、お金のためだけでなく、お店の元気を保つためにも大事なのだと感じます。なお、サービスの一品や蟹のように原価の高い食材を使うときは、その分の原価も計算に入れて、利益が残るかを確かめておきましょう。
「毎月かかるお金」も、冬だけ見直せるものがある
売上を増やすだけでなく、冬の間だけ出ていくお金を減らせないかも確かめます。
- アルバイトのシフト:お客様が少ない曜日・時間帯に、人が多すぎないか
- 仕入れの量:冬の客数に合わせて、食材のロス(廃棄)が増えていないか
- 営業時間:お客様がほとんど来ない時間帯まで開けていないか
- 光熱費:冬は暖房で上がりやすいので、使っていない部屋や時間の暖房を止められないか
なお、定休日を増やす方法もありますが、計算には注意が必要です。お休みの日に来ていたお客様がほかの日に来てくれなければ、売上だけが減り、かえって赤字が大きくなることもあります。休みを増やすかどうかは、「減る売上」と「減るお金」の両方を数字でくらべてから決めましょう。
また、人を減らすときの働き方の決まりや、給料の扱いについては、社会保険労務士に確認してから進めてください。
冬に入る前に、明日からできるチェックリスト
- □ 昨年の12月・1月・2月の売上を、月ごとに書き出した
- □ 自分のお店の「赤字にならない1日の客数」を計算した
- □ 冬の各月の、赤字になりそうな金額を見積もった
- □ その金額を、秋までの利益から取り分けてあるか確かめた
- □ 客単価を上げる冬だけのメニュー案を1つ考えた
- □ 地元のお客様向けの、小さな宴会や予約のプランを1つ考えた
- □ アルバイトのシフトと仕入れの量を、冬の客数に合わせて見直した
全部をいっぺんにやる必要はありません。まずは一番上の「昨年の冬の売上を書き出す」と、2つ目の「1日の客数を計算する」だけでも、冬への不安はかなり具体的になります。
数字を見る習慣が、来年の冬を楽にする
冬の観光オフシーズンは、毎年やって来ます。だからこそ、「今年も大変だった」で終わらせず、今年の冬の数字を残しておくことが、来年の準備になります。
おすすめは、冬の間だけでも「1日の客数」と「売上」を毎日メモすることです。1か月分たまれば、「雪の日は何人減るか」「週末と平日でどれくらいちがうか」が見えてきます。その数字があれば、来年は仕入れやシフトを、もっと早く、正確に決められます。
まとめ
- 島根県の調査(令和6年)では、松江市の観光入込客延べ数は2月がいちばん少なく、8月の約3割でした。12月も少ない一方、1月は8月の約7割と多めです。
- 冬を乗り切るために、まず「1日何人来れば赤字にならないか」を計算しましょう。例のお店では1日約13人が分かれ目でした。
- 赤字は、客単価・地元の宴会・出ていくお金の見直しなど、小さな手を組み合わせて埋めるのが現実的です。
- 冬に出ていくお金を、夏や秋の利益から先に取り分けておくことが、いちばんの備えになります。
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